いぬのえいがをみて
 息子に借りた映画「いぬのえいが」を観た。
その種の映画はたいてい泣けるが、やはり泣けた。 その晩はうーを抱きしめ泣きながら
うーちゃんの存在に感謝した。
お留守番の長いうーの毎日、楽しみは家族が帰って来る時・マンマの時・お散歩の時・
毎日はとてもさせてやれないドライブ・水遊び・・うーちゃんって「私の為にいてくれるんだ。」
と思う。うーちゃんをもっと大事にしたい、幸せにしてあげたい、と思うけどどうしたらいいか
わからない。

 普段から、「私のかわいい愛娘”うー”とあとどの位一緒にいられるのだろう。」
といつも思ってしまう。母を7歳で父を成人前に亡くし永遠の別れというものの悲しさ寂しさ辛さを
いやと言う程しらされその時というのが突然きてしまうことも知らされ、いつも死というものが頭に
あるからかもしれない。

 前に娘に「うーが死んじゃった夢をみた。」と言われたことがある。その時の私の様子が大変だ
った。とも言われた。そうかもしれないと思った。その時がきたらどうしよう・・・。
でも私が先に逝くわけにはいかない。主人に先立たれた犬ほど哀れなものはない。
きちんと見送ってやらなければ。 
その時の自分を想像してみたりする。きっと大変なことになるだろう。でもうーちゃんを見ていると
動物というのは死を恐れて生きてはいないと思う。 ”今”をきちんと生きている感じ。

 そう、その時がきたら大変な事になってもいい。それはうーが私の可愛い娘であった証だし、
幸せであった証だ。支えてくれるだろう家族もいる。私は幸せだ。

 うーはまだ5歳、いままで健康に過ごせたことに感謝して毎日のお散歩の時の気持ちいい風や
きれいなお花、うーのかわいいお顔、たくさん感じて過ごしていこう。


         2005.